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アメリカ旅行(Manzanar)

10月13日は朝からマンザナの日系人強制収容所跡を訪問した。アメリカではここをRelocation Centerと呼んでいる。どういう言い方をしようと強制収容所に変わりはない。日本人のアメリカへの移民は1868年(明治元年)
に150人程がハワイに渡ったことから始まる。その後紆余曲折をへ,偏見とか差別もあったなか日系人は持ち前の勤勉さで頑張り社会的地位も向上してきた。人口的にもハワイではハワイ全体の三分の一を1941年にはしめるにいたっていた。この日系社会を一変させたのは日本軍による真珠湾攻撃だった。米本土では12万人の日系人が敵性外国人として,法的にはアメリカ人なのに,強制的に自宅から退去させられ砂漠とか荒地に建てられた仮設の建物に住まわされた。夏は40度を超える暑さ冬は零下,また砂ぼこりにさいなまれる環境に耐え抜かなければならなかった。ハワイでは人口の三分の一を占めていたいたので,無線機を扱える船乗りとか校長先生とか限られた人のみが強制収容所送りになった。このようないわれのない仕打ちに対しても,日系の若者達は彼らの祖国であるアメリカに忠誠心を示す為,軍に志願し猛訓練のあと100大隊,442連隊に所属しヨーロッパでドイツ軍と戦った。アメリカのどの連隊より損害率が高く,またどの連隊より多くの勲章をもらった。この若者達の文字通り命をかけた活躍により日系人がアメリカ社会より信頼をとりもどしたのは言うまでもない。戦後凱旋した日系部隊に対してトルーマン大統領は君達は’敵(ドイツ軍)と差別という敵の両方に勝った’とねぎらった。太平洋に於いても通訳兵として各地の戦線で活躍した。戦後の日本占領にさいしても二世兵は両親が日本人,自分達はアメリカ人という両方の文化の分かる特典を生かし占領政策がうまく進められるよう多大の貢献をした。今日の日本の繁栄,日米の良好な関係はこの歴史の事実抜きには語れない。アメリカに何度も行きながらマンザナに行ったことがなかったが今回やっと訪問を果たし,慰霊塔にお参りすることが出来た。
アメリカはこの後レーガン大統領は正式に日系社会に謝罪し20000ドルを多分一家族ごとに支払った。これは戦争が終わって43年もたった1988年のことだ。クリントン大統領は日系部隊の勲章を一階級ずつ上げた。戦功について白人兵なら授与されていただろうレベルにあげたのだ。この辺はいかにもアメリカらしい対応と思う。このアメリカの対応は立派だが,最初からアメリカ人である日系人にたいする差別なかりせばと思う。


051101-01
強制収容所門

051101-02
慰霊塔(1943年建立)

051101-03
マンザナ博物館(過ちを繰り返さない為)

051101-04
当時のニュースの写真

051101-05
アメリカ政府はアメリカで生まれた普通のアメリカ人をここに強制収容した。だれも犯罪者ではなかったと
書いてある。

051101-06
真珠湾攻撃の写真とアルカイダ9.11の写真をならべて展示している。
意味が違うのではないかとおもう。

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