2007年歳末ー浅草
台湾旅行記一休みして、2007年の歳末風景です。
毎年30日前後に浅草に行くことにしています。
やはり浅草には雰囲気があります。
散歩して’梅園’で’粟ぜんざい’を楽しみ、簡単
な夕食をするだけですが、これで年がしまります。





浅草公会堂 新春歌舞伎


梅園の粟ぜんざい
台湾旅行記一休みして、2007年の歳末風景です。
毎年30日前後に浅草に行くことにしています。
やはり浅草には雰囲気があります。
散歩して’梅園’で’粟ぜんざい’を楽しみ、簡単
な夕食をするだけですが、これで年がしまります。





浅草公会堂 新春歌舞伎


梅園の粟ぜんざい
総統府の近くに国軍歴史文物館あったので入ってみた。
日本が深く関係した事実が中華民国(当時)側
から展示されていて時間の経つのを忘れた。
弱き(中華民国)が強き(日本)を挫いたとの興味
深い記述があった。

孫文と蒋介石揮毫によるもの

孫文の蒋介石に対する命令(士官学校校長への人事命令)

蒋介石 国民革命軍総司令 (歴史上有名な北伐の記述)

日中戦争は艱難苦難の8年だったの記述
総統府は日本統治時代の総督府をそのままつかっている。
東大安田講堂、京大時計台等に通ずる当時の権威主義が見られる。
日本をそのまま残している心の広さも感じ、日本人として正直親しみも感じる。
衛兵のヘルメットには憲兵と書かれている。これも日本の言い方そのままつかっている。

総統府

衛兵(憲兵) 銃の引き金に指をかけたまま、内戦が終わっていない
としている緊張感が伝わる
孫文
辛亥革命により清朝を倒した孫文は国父として尊敬されている。
国父記念館は訪れる人がどぎれることはない。
孫文は大陸側でも尊敬されている数少ない人。
孫文は日本に数年間亡命もし東京で宋慶齢と恋愛し結婚に
いたっている。日本と中国との関係は、歴史的にも、地理的
にもいろいろな面でも自ずから近いのだ。宋慶齢はその後
中華人民共和国の副主席になる。

孫文

衛兵(微動だにせず、蝋人形のよう)

台湾の国連加盟をうったえる総統府
結構気温が低い日もあり(17度ぐらい)、そんな日は鍋を皆でつつこうということになる。
今回の鍋は牛肉、豚肉、えび、魚、野菜などを飲茶的に選べるシステムになっている。
鍋はに仕切りがあり、辛いスープと塩のクリアの二種類の味を楽しめるようになっていた。
ここもこれから何度でも行きたい所になった。


右側が辛いスープ

店の看板
今回は有名な鼎泰豊でのランチです。台北から始まり、日本にも10箇所以上、北京、立川にもあります。
いわゆる飲茶ですが、しょうろんぽう(小ろん包)が代表ですが、すべておいしい。
Takは北京と台北のみで日本ではまだ行ったことがありません。
ニュウヨーク タイムスで世界のベスト10にはいるレストランといわれたこともあります。

小ろん包 食べるときいきなり口にいれると暑い汁がでるので注意

鼎泰豊の入り口いつもこんな具合で列ができている。Takも34組ぐらい待たされた。
20分ー30分ぐらいの覚悟は必要
Takの主力PCついにダウンの為しばらくブログの更新ができませんでした。忙しさもあったのですがやっと暫定的に使うPCに環境を作りましたので、再開です。
この3連休台湾へ久しぶりに行ってきました。
何回かにわたって紹介いたしたく思いますが、今回は最初の夕食で食べた、日本では珍しい雲南中華です。
これからも何度も行きたくなった、おいしさでした。
中華特有の油濃さもなくさっぱりして、野菜中心ではまりました。
最後の中華そばはクリアスープで何杯でもお代わりができそうでした。

左の小さいお椀のスープ、小さいエンドウ豆のクリアスープです。
これからスタートし、続く料理のおいしさを連想させました。

最後のソバ、最高でした。
毎年11月の後半になると町はクリスマスを連想させる
イリュミネーションで飾られる。今年は9月末に30度の
暑い日があったので、いきなりクリスマスの飾りで不思議
な感覚を持った。

吉祥寺、市制60周年

赤阪プリンスのクリスマス ツリー

赤阪プリンスホテルのエントランス

渋谷駅前のイリュミネーション
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